松田ひなた@独りひっそりネットビジネス

人生を豊かに、ハピネスフルにします

学歴至上主義と愛の挫折、松田ひなたの半生

皆さん

こんにちは。

ライトコピーライターとして活動しております

松田ひなたと申します。

 

この度は

ワタシのブログに立ち寄って頂き

ありがとうございます。

 

ワタシは20代の人生経験も未熟な若者です。

 

ただ、ワタシも色々ありました。

 

長文になりますので

ご興味のある方は読んでください

 

ワタシは4人家族です

  1. 父親
  2. 母親
  3. 自分

の家族構成です。

 

生まれてから中学生の途中までは

一軒家に住んでいましたが

母親と父親の関係の不安定さ

母親のうつ病の悪化などを

きっかけに離婚しています。

 

ここから母親側について行って

アパートから中学校へ通うことになりました。

 

その当時

ワタシはこの事実を受け入れられずに

父親がいない生活に寂しさや悲しさを

募らせて、少しずつ精神を病んでいきました。

 

ワタシなりに当時を分析すると

愛情の欠落や日常の崩壊からのショックなど

多感な時期には重たすぎたのかなぁって考えています。

 

結果的にワタシは

性欲モンスターという名の

愛に飢えた化け物みたいになっていました。

 

アーティスト風に言えば

寂しさに酔い潰れた獣といったところでしょうか笑

 

そんな感じではあったものの、

塾に通わせてもらったおかげで

成績は中の下くらいの

平凡を抜け出したいと願えるくらいの学力でした。

 

 

中学校では成績を残せなかったから

その反動で

大学受験で東大に行って

周りを見返してやる!と

孤軍奮闘することになります。

 

なんとな〜くお察しの方も

いると思いますが

中学校3年生にして

学歴コンプレックスを拗らせました笑

大学4年生までずっと抱えていました。(現在は心で和解しました。)

 

拗らせて、尖って、意識高い系になった

そんなワタシですが

入学した時点で有数の進学校の生徒と

同等の力を身につけるべく

情報収集の日々に明け暮れます

 

東大に行くといっても

学部学科や試験形態など

全て1から自分で調べました。

 

独りよがりでした笑

カッコつけると孤軍奮闘です

 

そうしているうちに

何をすれば受かるのかが

ある程度わかってきたので

 

塾に行くのか・・・

と思えば、ここで独りよがりが出ました。

 

  • 母親の経済状況を鑑みて予備校は避けよう
  • 予備校なしで独学で受かったらカッコよくない?
  • 無名から最難関行けたらカッコよくない?

なんとも、承認欲求と自己顕示欲のミックスブレンド

と言わんばかりの理由で予備校にはいきませんでした。

 

自分で考えて、自分で動く方が効率がいい

と言う理由もありました。

 

そんな人間です

当然、ガリ勉扱いされますし、周りから浮きました笑

しかも、尖っていたのでいらん事まで言ってしまう始末

 

すごく警戒心が強い人間でしたので

自分から敵を作ってしまいました。

 

そんなことお構いなしに

付き合ってくれる親友もいました。

 

ですから、ここまで尖っていても

人間関係にはとことん恵まれていました。

 

担任の先生もとても人格者でした

本当にありがたい経験をしました。

 

ですが、孤独の戦いでした。

当時のTwitterで情報共有するのも

怖くて、とことんビビリでしたので

誰とも本当にコネも無く、続けました。

 

しかし、ここで愛の欠落が足を引っ張りました。

冬に彼女ができたのです。

 

ここから性欲が抑えられなくなりました。

恥ずかしい話ですが

抑えるほどストレスが溜まってしまいます

 

かといって学校が終わってから

発散させていると

勉強までの体力が持たないのです

 

貧弱かよ!ってなるかもしれませんが

帰宅部ガリ勉です・・・笑

 

今ならわかるのですが

体力の無さは過度なストレスにも

原因がありました。

 

母親は地方に車で

仕事をしに行く職業でした

 

そのため、仕事で家を

1日空けたり

帰宅が夜の10時になったり

 

それで、ワタシの心の中で

寂しさや空いた穴がさらに深くなりました。

 

あとはワタシ自身プレッシャーに超弱いタイプです

なので、東大に絶対受かる!と宣言してからの

プレッシャーをモチベーションに活かせなかったのです笑

 

振り返れば可愛い高校生のエピソードですが

当時の本人からすると相当深刻に考えていました。

 

これでFランク大学に進学するとか

誰に笑われるか・・・

自分の中で認められない・・・

 

などなど、プライドだけが

スクスク大きくなりました。

 

そんなこんなで

成績は良くなるはずもなく

狂ったように勉強という名の

情報収取に現実逃避してしまいました。

 

そのため、偏差値が上がるはずもなく・・・

結果的に大学はFランク大学になりました。

 

大学を見るだけで嘔吐しかけました。

俺がこんなところ行くなんて・・・

ありえない・・・結果をもっと残したかった

今まで何をやっていたんだ・・・

 

何度も反芻しました。

そして、生きる意味がわからなくなりました。

 

いやいやそんなことで?

と思うかもしれません。

 

やっぱり当時のワタシにとっては

受験が唯一の生き甲斐で

孤独を癒す最強のフレーズでした。

 

それが結果も残せず

残ったのは

  • ズタボロのプライド
  • ボロボロの参考書軍団
  • 壊れそうな心身

たったこれだけです。

 

今思えば、これで済んだのも

不幸中の幸いでした。

 

受験で失敗して命を絶つ

事件も実際にありますし

 

それだけ

過酷な競争世界だということを

身をもって学びました。

 

いま、振り返れば

もっと気楽にやっても良くない?とか思うのですが

どうしても見栄を張りたい難関を目指すとなると、プライドが許さなかったのかな〜って親のような目線でみています笑

 

拗らせることはあると思いますが、

拗らせすぎるのは危険信号です。

 

本当に救いを差し伸べてくれる人を追い払うことになりかねません。

ワタシからの注意すべきことでした。

 

 

そして

 

人生をかけて失敗した受験から

次は大学へ進学しました。

 

入学し早々にコロナウイルスです

授業は全て遠隔になりました。

 

 

大学編は後日書きますね。

 

 

なんだかあの頃はバタバタしていました。

 

今では大学を無事、うつ病の身体に鞭打ってギリギリ卒業したので言えますが

休学するとか、退学するとか、色んな可能性を忘れてはいけないなと思います。

 

視野を狭くしないために、独りよがりはやめるのです。

その代わり、孤独にメンターから教わりましょう。

 

絶望という暗がりの中を乗り越えると

必ず希望の光が見えます。

今ままで学んできたことの理屈が通じないんです。

 

教科書や科学的な研究では実証しきれない

不思議な力がいま、この瞬間のアナタを支えます。

 

ワタシたちは風の時代にきました。

風が軽やかに出来事を運んできます。

 

ゆる〜く、楽〜にいきましょう^^

 

お読みくださり

ありがとうございました。